暮らすがえジャーナル

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北欧好きを拗らせてフィンランドの寿司職人に?経験したからこそみつけた「私らしさ」とは

こんにちは暮らすがえジャーナルです。
「暮らすがえ」とは、ライフステージや家族の成長、季節や気持ちの変化に合わせて、暮らしに自ら手を加え、ありたい「私らしい暮らし」を実現していくことをいいます。

今回は、週末北欧部chikaさんを取材しました。

学生の頃に一人旅で訪れたフィンランドの地に一目惚れし、「北欧好きをこじらせた」chikaさん。
フィンランドに通いながら、新卒で北欧系の会社に入り、営業職を経て、フィンランドで寿司職人に。
その様子を発信した「北欧こじらせ日記」がドラマ化もされた彼女。
そこまで惹かれるフィンランドの魅力とは何なのか、夢を一歩ずつ叶えていく中で見つけた「自分らしさ」についてお話を伺いました。

chika

フィンランドが好き過ぎて12年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。
移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修行を始め、ついに2022年春に移住。
モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、ねこ、酒、1人旅。
著書に「北欧こじらせ日記」「マイフィンランドルーティン」など

自分らしさを大切にする「心地よさ」と「親近感」

――最初にフィンランドで「ここに住みたい!」と感じられた理由はなんだったのでしょうか?

フィンランドに降り立って、フィンランドの人たちと出会った時、不思議と空気感がぴったりと肌に合った感じがありました。
その理由は「自然との距離感」と、「人との距離感」。
ヘルシンキは首都でありながら、森や湖がシームレスに存在していて、便利さと自然が共存している街は田舎育ちの私にとって理想的な環境でした。

また、人々の距離感は尊重と無関心の間のようで「私はこれが好き。あなたはそれが好き。それでいいよね」と、みんなが自分らしさを大事にして、自立している。
私自身が田舎育ちで、人と違うことをすると悪目立ちしてしまう、という恐れを持って生きていた分「一人ひとりの自立」から生まれる距離感が、なんだか嬉しくて心地よく感じたのが一目惚れの理由です。

――帰国後、フィンランドに通いながらご自宅にも北欧のアイテムが増えていったとのことですが、暮らしまでフィンランドを「こじらせた」のはどうしてだったのでしょう?

フィンランド一人旅で一目惚れをしてから「いつかフィンランドに住みたい」が口癖になりました。
けれど、実際にすぐ実現できることではなかったこともあり「せめて、日本にいながらフィンランドを楽しみたい」と、フィンランドの人たちの暮らしのエッセンスを自宅で実践するようになったのが始まりです。

そんな中でフィンランドらしさを自然に暮らしに取り入れることができた理由は「タイムレスなデザイン」と「自分と似たところがある」という2点だと思います。
フィンランドのデザインにはトレンドを追いかけるよりも「シンプルで何年先も使い続けられる」タイムレスなデザインが多いので、日本の暮らしの中でもしっくりと馴染んでくれるアイテムが多かった。
またフィンランドには初めて行った時から「どこか自分に似ているところ」を感じ親近感がありました。

自宅アパートの様子。マリメッコのタペストリーやイッタラ食器を愛用しているそう。

――フィンランドに感じた、親近感ですか。

ある時、日本が好きなフィンランド人の方と話す機会がありました。

「はじめて日本に行った時、こんなに遠い国なのにどこかフィンランドと似ていると思った」と言うのです。
私自身もフィンランドに来てそう感じたので、なぜかな?という話をしていたのですが
「自然への脅威」が「調和を重んじる」国民性に通じているのかもしれないね、という話になりました。

日本には震災や台風があり、フィンランドは厳しい寒さがある。
一人では生きていけないからこそ、調和を重んじる。
そして、偉大な自然への尊敬を持っている。
(そして、それがまたデザインにも反映されている)

フィンランドを知る中で、どこか他人事とは思えない、自分らしさを再発見するような瞬間があるからこそ、自然と暮らしにマッチし、どうしようもなく夢中になったのかもしれません。

ヘルシンキにあるセウラサーリ島で過ごしたミッドサマー(夏至)の日の様子。厳しい冬を乗り越えたフィンランドでは、1年で一番日が長くなる日をコテージなどで過ごしてお祝いする。

「北欧に関わる仕事にしたい。」はゴールではなかった?寿司職人になるという選択。

――「フィンランドに住みたい!」という思いを抱きながら、新卒で北欧音楽の会社に勤められたあと、一旦は北欧と関わりのない人材業界に務められたんですよね。

新卒で入社した北欧音楽の会社は、社員数名の小さな会社でした。

素敵な仕事でしたが、社会人2年目のときには業績悪化に伴い転職することに。
「会社のために何もできなかった」という罪悪感を抱えながら転職活動をすることになりました。

その後転職活動をはじめ、ある人材会社の最終面接で
「あなたは好きな北欧に携わりたかっただけで、自分が何をしたいかは考えていなかったんでしょ?」
と厳しいお言葉をいただき、「その通りだな」と思いました。

好きな北欧に関われる会社に入社することがゴールになっていて、その先で「自分は本当は何がやりたいの?」という部分がなかったんです。
「そんな自分を変えたい。これからは、好きなことに携わるだけだはなく、守る力をつけたい」と思い、あえて厳しい環境に飛び込もうと人材業界での営業職として働き始めました。

――そこから、どうして「フィンランドで寿司職人になる」と決意されたのでしょう?

最初は日本で北欧カフェを開きたいと、平日は会社員として働きながら週末は個人経営の小さなカフェで修行を始めました。
けれど実際に働いてみると、当たり前ですがとても大変な仕事であることを実感しました。

そこで、どうせ苦労するなら本当に住みたい場所で思いっきり苦労した方が「苦労対効果」が高いんじゃないか?と思い至り、フィンランドで開業しようと方向転換しました。
けれど私は文系出身の営業職でフィンランド語も出来ず、就労ビザの壁が大きい。
そこで色々調べていると、「寿司職人」は日本人としての強みを生かすことができ、海外での求人も多いと知ることができました。

お寿司の仕事を知るうちに「どこにいても、何歳になっても、自分らしさで目の前の人を幸せにする」という自身のキャリア観にも合っていると感じ、お寿司学校への入学を決めて今に至ります。

日本で修行中に作ったお寿司の写真

――会社員から、未経験で、しかも海外で寿司職人になるのは、かなり勇気がいる決断だったのではと思います。不安はありませんでしたか?

仕事があるから、夢を追えたのかもしれないと感じています。

私は心配性なタイプなので、いきなり「えいや!」と安定した会社員を辞めて夢の道だけに飛び込むことができませんでした。
なので自分にとって「心地よい」と思えるペースと環境で、同時並行だったり、ときには寄り道したりしながら夢を追うという進み方が私には合っていて。
焦らずに「どんな寄り道だって、最終的にはその経験が価値になって自分らしいキャリアを作ってくれる」という考え方を大事にすることで進み続けることが出来たのだと思います。

あとは、怖い、という気持ちを無視することなく「できる範囲」の中でやってみることはヘルシーな挑戦をする上でとても大切だと思います。
私自身も、まずは会社員を続けながら週末だけ気になる分野に挑戦したり、「今ならできるかもしれない」という瞬間が来るまで自分のペースで道を模索する期間を長く続けていました。

色んな道を模索するのに、今の環境を諦める必要はない。

寄り道や、回り道も、結果的には掛け合わせることで自分だけのキャリアになる。
無駄なことはないと思うので、できる範囲の中で少しずつ自分の今の範囲から染み出す道もあると思います。

遠回りしても、等身大の自分で受け止めることが私らしい。

――2年前に実際にフィンランドで寿司職人になられたことで、当初の夢は一旦叶った形になりましたが、実際に住んで働いてみて感じられたことはありますか?

自分の人生も暮らしも、結局は自分で決めるんだということですね。

寿司職人になってからお店全体で長時間労働が続いた時期があったのですが、
フィンランド人の同僚が「僕はこの仕事が好きだけど、この働き方を許容できるほど好きではない」と言ったんです。
彼は本当にお寿司の仕事が好きだったので「ああ、どんなに好きでも、好きでいられる範囲があるんだ。そして、それを言葉にしてもいいんだ。」と思いました。

今までは「好きなことをやってるなら、しんどくても楽しむべき、だって自分が好きでやってるんだから・・・」
と思っていたのですが、生き方と働き方のバランスをコントロールしていく意思も好きな仕事を長く続けるためには必要なのだと感じました。

移住したら理想的な暮らしが必ずしもできるわけではなく、できないことには自ら線引きをしながら、自分にとって大事にしたいものは意志をもって守ることが必要なんだなと今は思っています。

ヘルシンキの街中の様子

――これまでの人生を通じて、「自分らしさ」をあえて定義するとしたら何だと思われますか

これまでの自分自身の人生を振り返ると、「とりあえずやってみる」は私のモットーでもあり、経験学習型の私の「知らないことは自ら経験して学びたいという」原動力にもなっていると思います。

中には「ああ、これはあの人が言っていた言葉だ」と何年も後になってその意味が分かる出来事もあるのですが、
当時「頭では分わかっていた」ものが、実際にやってみたことで「心から分かる」になり自分だけの答えとして「これからの生きる指針」になっていく。

もっと近道ができたかもしれないけれど、それでも等身大の自分で受け止めた経験だけがうれしいことも、悲しいことも、かけがえのない宝物に変えてくれると信じています。
なので、どんな経験も失敗も全てが「学び」になる。そんな捉え方が、自分らしい人生の基盤になっている気がします。

移住する際に「とりあえず3年、フィンランドでやってみよう」ということだけを決めていました。
あえて細かな目標を決めすぎず、3年経った後にどんな景色が見えるのか、私自身も楽しみにしているところです。
今はちょうど2年目が終わるタイミング。3年目もフィンランドで私らしく人生のピースを揃えていきたいです。

――ありがとうございます。最後に、暮らし、家の中に対してこだわりはありますか

1つの明るい照明で部屋を照らすのではなく、複数の落ち着いた明度の照明を使うことで、落ち着いたお部屋の雰囲気を作ることです。
フィンランドのインテリアアドバイザーさんに「照明がある数だけ、そこに空間が生まれる」とアドバイスが心に残り、私も窓辺のランプ、フロアランプ、デスクランプ、キャンドルなど、複数の灯りを組み合わせるようになりました。

編集後記

「今の枠から飛び出して新しいことに挑戦する」「私にしかできない、私らしさを切り拓く」
と言われると、なんだか大きな賭けにでるような、特別なことをしないといけないような気がして、心がざわざわすることはないでしょうか。

「憧れるけれど、自分にはできない。」
自分の好きな国で、職人として働くチカさんは「格好いいけれど、自分にはできないことをしている人だ…」とお話を伺うまで思っていました。

けれど、「ヘルシーな挑戦」という言葉がストンと心に入ってきたんです。
自分のペースで、夢を持って、少しずつ挑戦を続けていけば、回り道もするかもしれないけれど、そんな経験も含めて、いつか宝物になる日が来る。
そう思うと、ちょっと1歩を踏み出してみようかなと、取材をしながら私自身が背中を押された気がしました。

小さな挑戦をひとつずつでも選択し続けていけば、いつか自分だけの「私らしさ」に出会えるかもしれない。

さあ、暮らすがえ。