暮らすがえジャーナル
こんにちは、暮らすがえジャーナルです。
今回は、写真家の平野愛さんにお話を伺いました。
さまざまな人々の引っ越を写真に収め、「moving days」という写真集を出版された平野さん。
引っ越しはライフステージの中でも大きな変化点のひとつ。その時、引っ越しをする人にはどんな感情の変化が起こっているのか。引っ越しや暮らしを見つめ続けてきた平野さんの視点から見えたものは何だったのでしょうか。
平野 愛 さん
京都市中京区出身。御所南で築100年の洋風町家で育つ。自然光とフィルム写真にこだわったフォトカンパニー[写真と色々]共同設立。新作引越し写真集『moving days』(2023)を誠光社より刊行。他にUR都市機構カリグラシウェブマガジン「OURS.」「うちまちだんち」企画‧運営‧撮影(2015-)。無印良品 堺北花田&京都山科つながる市プロジェクトコンセプトフォト(2018-)、NHK土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」・NHK連続テレビ小説「おちょやん」「カムカムエヴリバディ」劇中写真担当(2020-2022)、現在は阪神‧淡路大震災30年の節目となる2025年公開を目指した映画『港に灯がともる』制作チームにて活動中。
2024年6月29日より京都市立芸術大学@KCUAにて大学の引っ越しを見つめた写真展「moving days」を開催予定。
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平野愛『moving days』(誠光社刊)2023――ずっと「暮らしの写真」を撮られていらっしゃるんですね。
“東京R不動産”というちょっとおもしろい不動産が立ち上がって、初めて本を作るときに立ち上げから参加したんです。それがきっかけで念願の家の写真を撮るようになりました。
――家を撮るのが念願だったんですか?
学生の頃、編集者の都築響一さんが撮った『TOKYO STYLE』の写真に衝撃を受けたんです。そのままの生活風景、ありのままの家の写真だったので。
インテリア写真って、例えば、椅子だと普通はまっすぐに揃えて撮るんですけど、ちょっと斜めにしたり、さっきまで座っていたような配置にすると人の気配を感じるんですね。
美しく整ったインテリア写真と都築さんのような生々しい現実写真の中間ぐらい。こういう写真が自分でも撮りたいなと。
だから、“東京R不動産”で、まさに住んでるところやご機嫌に暮らしてる風景みたいなのも撮れたのは大きかったですね。
それでもまだ、写真を撮るとなるとちょっとよそゆきというか、みんな着飾ってくださっているんです。本当に暮らしの中で生身を感じるシーンってどんな時なんだろうって思ったら、引っ越しなんじゃないかって。
――そこから引っ越しにとたどり着いたんですね。
はい、それも撮りながら気づきました。たまたま持ち家を手放してひとり暮らしをする友人がいて。
彼女が引っ越したらその家ってもう2度と見れないぞって思って勝手に撮りに行ったんですよ、写真だけでも残しとこうって。
それがきっかけで、引っ越し中ってすごい面白いんじゃないかな、見てみたいなって思うようになりました。
私自身があまり引っ越しをしたことがなくて。
平野さんの写真集「moving days」
――引っ越しに憧れがあったんですか?
すごく興味がありましたね。
結婚するまでずっと実家暮らしで引っ越しの経験もなくて。実は一人暮らしも経験がないので憧れていて、「ひとり暮らし憧れ」っていうタイトルで連載したこともあるんですよ。
――一人暮らしや引っ越しにどうしてそこまで興味があるんでしょうか?
なんででしょう、そこはまだ結論が出てなくて。
でも、自分が経験してないことだから追体験させていただいてるっていうのはありますね。
引っ越す前の最後のご飯とか、撮影しながら一緒にいるとじわっと泣けてきたりするんですよ。
だんだん切なくなってきて。
その人自体の心理的な動きにも興味があるのかもしれないですね。
――引っ越しってライフステージが変わるタイミングですよね。そこで何が起こっているのか、心理的なところにもすごく興味があります。
いいチャンスだと思ってる人が多いなという印象ですね。
引っ越しって「捨てられるタイミング」なんです。普段の生活よりも圧倒的に何でも捨てられるんですよ。
「捨てる」っていう行為は「離れる」ってことなんですけど、皆さん何だかすごく楽しそうにも見えるんです。
爽快というか。そこに希望を持っていらっしゃるのを感じます。
写真集「moving days」より
――捨てることに希望を持っているんですか。
一つひとつ捨てながら、ライフステージを変えるスイッチを入れてるんじゃないかな。
捨てることでこれまでの暮らしというか人生に一旦けじめをつけて、取捨選択をする。
これはいらない、これはダンボールに入れとこう、最速で使いたいものはそっちへ、取り敢えず持っていくものはこっちへ。
そうやって段ボールに詰めていくんですけど、それが儀式として、人を変えるチャンスにつながっている感じがします。
引っ越すことで環境も変わるし、自分自身も変わるかもしれない。そうやって変わろうとしているときの頑張る瞬間が私は好きなのかもしれないですね。
――なかなか見れない瞬間ですよね。
そうですね。人が何かしら変わろうとするタイミングを見るってすごいことですよね。
それまで持っていた何かを捨てたりこれは大事だって持っていったり。
その風景を見て撮っていると、一緒にさようならしてあげてるみたいな「大丈夫だよ」っていう気持ちになります。
なんだろう、それは自分に言い聞かせてるのかもしれないんですけど。
希望を持ちながらも、一方で皆さん不安も感じられているなとも思うんです。
――何に対しての不安ですか?
人って変わるときには不安を感じるんじゃないかな。
特に引っ越すといつもの環境が変わるわけですから。
写真集の中でも取り上げたのですが、ルームシェアから一人暮らしに引っ越した人がいました。
引っ越しの最中は飄々としてたんですけど、翌朝起きたらなぜか元気がなくて。
聞いたら、実はルームシェアのときは同居人が毎朝朝ごはんを作ってくれてたんですね。
いつもの朝ごはんがないことで初めて環境が変わったと感じたみたいで。
それで私が作ったんですよ。パンにヨーグルトにバナナとコーヒー、出来合いのものばかりですが。
彼女も、「前の同居人が作ってくれた朝ごはんとはちょっと違うけど」と言いながら嬉しそうに食べてくれて(笑)
なんだろう、でもそれが何かが切り替わった瞬間かなとも思いました。
写真集「moving days」より。実際に平野さんが作られた朝ごはん
環境が変わるって不安なんですよ。だからなのか、引っ越し先ではまず水回りから整える方は多いような気がします。
――寝室やリビングではなく、水回りを整えるんですか?
何かしら飲めて温められる。そんな環境を整えたいんですかね。
くつろぐための寝室やリビングより、とにかく皆さん水回りを整えるように思います。
手を拭く場所とか、食器とか、いつもの生活環境に戻そうと思ったらそういうのが大事なのかもしれません。
無造作に置いてあるだけよりもちゃんと乾いたタオルがかけてある。
そういうところからスタートするんじゃないかな。
突っ張り棒も皆さんすごく使ってますよ。
おしゃれなインテリアとか木製品とかよりも、突っ張り棒って軽くてさっと持っていけるし、すぐに棚が作れるので速攻で環境を整えるのにいいんです。
タオルをかけたり、簡単な棚を作ったり。そんなところからスタートしていますね。
――平野さんご自身は引っ越しされたときにお子さんの部屋をいつも通りにするところから始めたと伺いました。
当時、子供がまだ3歳で、環境が変わることに少し不安があったので発達支援の先生に相談したんです。
そうしたら、何よりも子供のスペースを元通りにしてくださいって言われて。
同じものが同じ位置にあるだけで人は安心しますよって。
それで、とにかく子供の環境を整えました。
そうしたらそこですぐにご機嫌にしてくれていて。
だから大人もそうすればいいんですよ。
そうなると、大人はやはり台所からなんですよね。
台所や洗面台。何かを飲んだり手を洗ったりって毎日やっているルーティーンですよね。
水回りが整うと安心するんです。
――ずっと続けてきた生活のルーティンを営むためのものですよね。
そう、新しい生活に変えるチャンスだと思ったり、捨てることに向きあって過去とさよならしたり、ライフステージを変えても、不安を埋めるために、当たり前のルーティンは取り戻したいんだと思います、どこに引っ越しても。
さっきの彼女の朝ごはんもそうですよね。
朝ごはんが出てくるのはルーティンだったから取り戻したかったんじゃないかな。
――そういう意味では、平野さんは、写真を撮りながら次のステップへのお手伝いをされてるんですね。
そう言ってくださると自信がわきます。ありがとうございます。
編集後記
写真集『mooving days』の中では、さまざまな方が、それぞれの物語を持ち、次の家へと引っ越していきます。
そんな被写体の気持ちに寄り添い、シャッターを押す平野さんだからこそ、今回お話しいただいたような気付きがあったのだろうと思いました。
自分の引っ越の時は何が起こっていただろう。
翌日には新しい職場に着任することになっていた。念願の異動だったけれど、慌ただしく、心もざわざわしていていた。
そういえば、新居に荷物が届き、一息つこうとコンビニでご飯を買ってきて、いつものように手を洗おうとして、キッチンにタオル掛けが無いことに気づき「ああ…」と思ったな…。
突っ張り棒も突っ張り棚も「収納を増やしたり、空間をかえる便利なアイテム」です。
ただ、そんな風に、誰かのライフステージの門出で、わくわくもしながらも、ざわざわした気持ちの中で、気軽に、柔軟に、「当たり前」の日常を取り戻す、そんな役割も果たしていたのなら、なんだか嬉しい。
あなたの引っ越しの時は、どうでしたか?